○○を舐めてると言い放つ人は〈勝手に畏怖している〉だけ

 最近思うのだが、ちょっと奥が深かったりちょっと厳しい世界について、

「お前○○を舐めてるだろ」などと言い放つ人というのは、

勝手にその分野について畏怖しすぎているだけなのではないか。

 

 

新しくその分野に足を踏み入れようとする人に

「何も知らない癖に○○に挑戦なんて、○○舐めすぎだろ」

  

現実より2段も3段も高いハードルを置く人に

「お前程度が○○できると思ってんのか、○○舐めすぎだろ」

 

という人が多いように感じる。

 

 

本当に舐めているのかどうかはともかく、それの何が悪いのか。 

舐めずに慎ましく生きている人は賢いと思うが、人を楽しませたり世の中を変えていくのはバカの仕事だと思う。

そういうバカに向かって「無理だろ」とか「出来っこない」ってのはお門違いなんだよ。

 

 

〈結果は設定した目標の通りにしか返ってこない〉のは、挑戦者である以上理解するべきなこと。

つまり、予想以上の結果を求めるには〈舐めすぎなくらいがちょうどいいということ。

 

 

「賢く生きろ」って言う意見を無視するわけではないんだけど、

それはアンタが痛い目に遭いたくないだけだろって話で、失敗するのは私だけですから。

 他人の失敗を未然に防ぐということは、逆もまた然りってことを忘れないでもらいたい。

 

 

そう、ついでだからここで一言物申しておくと、黒歴史ってのはただ黒いだけの経験値だよね。

ちゃんとした経験値であることには変わりないのだから、黒歴史って捨てたもんじゃない。

 

 

日本人は無駄に他人の心配をするのが好き過ぎだから、そこんとこ直していかないとね。と思うおれなのであった。